本研究は、医療倫理学の「原則論」「物語論」の関係を検討し、両者の有機的な結合の基盤を構築することを目的とするものである。本年度は、(1)文献資料の収集、(2)ナラティヴ・データの収集を中心に研究計画を実施した。総論的な理論研究の成果として、欧米の医療倫理学の方法論を概観して「原則論」「手順論」「物語論」という三つの視点から問題を検討する方法論を提示した。その概略は以下の通りである。<倫理原則は、あらゆるレベルでの医療倫理問題の推論を行うための基盤となるが、これを具体的・個別的な法制度や医療従事者の行為のレベルで担保するための「手順」として規定する方法論が発達している。これに対し、近年注目されてきた物語論的方法論では、個々人の生の文脈の中で、病気や健康に関わる問題がどんな意味づけを持つかに着目する。これら観点が分裂することなく、統合して検討されることが、医療倫理学の方法論において不可欠である。>このような理論的な研究成果を、雑誌論文1編、図書1編として発表した。(次頁「研究発表」の〔雑誌論文〕第2項、〔図書〕第2項) また、各論的な研究として、【A】性と生殖(性同一性障害、不妊治療等)、【B】終末期医療(生命維持処置の差し控えと中止、ターミナルケア等)、【C】医療資源としての身体利用(臨床試験、臓器移植等)、【D】患者の権利と公共の福祉(精神医療、感染症医療などにおける患者の権利の制限等)の四領域について、(1)ナラティヴ・データによる倫理的ジレンマの再構成、(2)倫理的ジレンマについての物語論的分析、(3)物語論的に再構成された倫理的ジレンマについての原則論的な分析を行った。本年度においては、このうち【D】に関連して、「ハンセン病問題」の分析で具体的な成果を見た。特に「ハンセン病患者に対する懲罰」と「胎児標本問題」に焦点を当てた分析を行い、雑誌論文1編、図書1編として発表した。(次頁「研究発表」の〔雑誌論文〕第1項、〔図書〕第1項)
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