本研究は、医療倫理学の方法論を、「原則論か物語論か」という二者択一ではなく、両者の方法論上の関係を検討し、両者の有機的な結合の基盤を構築することを目的とした研究である。そのために、(1)文献資料の収集、(2)ナラティヴ・データの収集、(3)理論的構築という3つの方法を採用し、(1)ナラティヴ・データによる倫理的ジレンマの再構成、(2)倫理的ジレンマの物語論的分析、(3)倫理的ジレンマの原則論的な分析、を行った。 主な研究成果として、英語圏での医療倫理学における物語論(ナラティヴ・アプローチ)の文献レビューを示した上で、本研究の目的である医療倫理学における、原則論と物語論とを統合する方法を、一定の題材について示すことができた。この成果は、『ナラティヴ・アプローチ』(勁草書房刊、野口祐二編)として刊行された。これは、この題材について本邦初の詳細なレビューであり、特に、医療倫理学領域でのナラティヴ・アプローチの要件を規範性、物語性、社会構成性の3つとして提示した。これにより、従来漠然と語られることの多かった医療倫理学の方法論としてのナラティヴ・アプローチをより厳密に定義してゆくことがより容易となった。また、医療倫理学のナラティヴ・アプローチについて、既存の有力な方法論であるジョンセンらの決疑論的方法(「臨床倫理」)、およびビーチャムとチルドレスの原則論的方法(「四原則」)と対比して考察し、実践可能な医療倫理学におけるナラティヴ・アプローチの方向性を検討した。その結果、当時者の「ライフヒストリー」のレビューを行い、なおかつ「複数の物語」の併存状況を把握した上で、「普遍的な問い」と「個別的な問い」との間を往還しながら、一定の行為指針を見いだしてゆく方法論を提唱した。これによって、原則論と物語論有機的な統合のための理論的基盤をある程度構築することができたのであり、本研究の当初の目的に照らして、一定の成果を挙げることができた。今後はこれを具体的な臨床実践=臨床倫理の文脈へと適用してゆく研究が必要である。
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