伊藤仁齋は、荻生徂徠と並んで近世日本を代表する思想家である。仁齋の諸資料は、天理大学付属天理図書館古義堂文庫に稿本を含めてほぼ完全な形で所蔵されている。こうした好条件に恵まれているにもかかわらず、伊藤仁齋の全集は、現在、刊行されてはいない。こうした事態は、江戸期の思想的・文化的潮流の中核の一つを形成する儒学の経典解釈研究に支障をきたしてきた。しかも部分的に現在刊行されている仁齋の著作は、仁齋の息子である伊藤東涯が手を加えたものが底本とされる。仁齋と東涯の間には、思想的連続性は存在するが、当然、異質性も存在する。こうした点を踏まえるならば、仁齋の手になる稿本が仁齋研究には不可欠となろう。そこで本研究においは、仁齋生前最後の稿本である林景范の筆写本(「林本」)を底本とし、その手書きの稿本を活字化した。今回取り上げた著作は、『論語古義』である。『論語古義』は、仁齋が『論語』に「最上至極宇宙第一の書」と最大限の評価を与えることから明らかなように仁齋学の中核に位置する。この稿本を活字化し、その書き下し文を作り、『論語古義』の活字化を完成させた。そして本年度は、特に書き下し文の作成とその校正を行った。この作業は、容易ではない。仁齋が独自の形で漢文訓読を行っていたからである。例えば、仁齋は「レバ則」を「トキハ則」と読む。こうした訓読法を仁齋の他の著作を参考にしながら、確定した。またその際に高度な専門知識を有する専門家の助力をえた。その結果、伊藤仁齋著『論語古義・林本』の活字化を実現させた。本年度はその校正に勉め、それもほぼ完成させた。その過程で作られた原稿は、電子化されているので、『論語古義・林本』が出版されると同時に、電子化されたものも共に出版できよう。その電子版のテクストによって『論語古義』の字句の検索が容易となる。このテクストの完成は、近世日本の思想史研究の新たな地平を開くことにもなろう。
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