陽子のスピンに対するクォークのスピンの寄与は20-30%にすぎない、ということが約20年前にEMC実験により発見され、グルーオンのスピンや、クォーク・グルーオンの軌道運動が寄与している可能性があるので、世界中の主要な粒子加速器のほぼすべてで、この陽子のスピンの問題が研究されている。本研究では、高エネルギーの偏極電子ビームと核子標的を用いて、ドイツ・DESYでHERMES国際共同研究として行った。電子と核子の深非弾性散乱による実験である。 まず、縦偏極の核子標的を用いた実験データの解析から、陽子、中性子、重陽子のg_1(x)構造関数の精密測定の結果を発表した。ついて、発生したπ中間子、K中間子を同時計測し、電子深非弾性散乱実験におけるハドロン化、つまりfragmentationについて論文を発表した。電子深非弾性散乱1回あたりのハドロン多重度の測定である。リングイメージチェレンコフ検出器がハドロン粒子識別に重要な役目を果たした。生成されたAの縦・横偏極の測定結果も発表した。 ついで、電子が散乱されて高エネルギーの実光子が発生し、標的陽子は壊れない、という過程を深仮想コンプトン散乱と呼ぶが、それに特化した実験データを平成18-19年度に取ることができた。これは、密度の高い陽子標的をDESY-HERA加速器の中に入れて行う測定で、標的のまわりに反跳粒子検出器を導入して、標的が壊れていない事象を選んで測定を行った。この反跳粒子検出器はHERMES実験の長年にわたる技術開発のテーマであったが、完成して測定が成功したことは重要な成果である。取得した大量のデータから、約10編を論文が順次発表される。更に、摂動論的QCDによるDGLAP発展方程式の理論計算をし、世界中のデータの総合的解析を行った。
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