本研究計画は、格子ゲージ理論のなかでも厳密なカイラル対称性をもつ定式化を用いた量子色力学(QCD)の大規模シミュレーションにより、QCDのカイラル極限での性質を研究するものである。厳密なカイラル対称性をもつ格子上のフェルミオン定式化はオーバーラップフェルミオンと呼ばれ、その大規模シミュレーションを実現したのは我々のグループが世界で初めてであった。当初進めてきたアップおよびダウンクォークの真空偏極の効果を取り入れた2フレーバー・シミュレーションに続いて、平成20年度にはストレンジクォークの効果も含む2+1フレーバーのシミュレーションも完了し、物理量の計算と解析を行う段階に入っている。 本研究により、厳密なカイラル対称性をもつ格子QCDシミュレーションは、これまでにない幅広い応用範囲をもつことが明らかになった。ディラック演算子の固有値分布を詳細に解析することでQCD真空のカイラル凝縮の値を初めて精密に計算できるようになったことに続き、パイ中間子の質量と崩壊定数におけるカイラル有効理論の収束性のテスト、QCD真空のトポロジー感受率を計算する新しい手法の開発とそれを用いたトポロジー感受率の精密計算、ワインバーグ和則を用いた真空偏極からの物理量の導出、核子のストレンジクォーク成分の初めての信頼できる計算など、これまでは不可能だった計算が可能になり、格子QCDの可能性を大きく広げる研究となった。
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