研究概要 |
光合成細菌の光合成系は,自然が創造した超高速(100フェムト秒以下)かつ高効率(〜100%)な光エネルギー変換機構を達成するための本質的な条件を満たすバイオナノデバイスである.その機構を解明することは太陽光エネルギーの有効利用という観点から眺めた場合,次世代のクリーンエネルギー変換器の基盤技術となり得る.光合成初期過程の機能発現には,LH2,LH1と呼ばれる2種類のアンテナ色素蛋白複合体と光反応中心複合体(RC)の合計3種類の色素蛋白超分子複合体が関係している.色素蛋白超分子複合体において非常に興味深い点は,エネルギーの散逸を最小限に抑えた状態で,効率良く,LH2,及びLH1からRCへ太陽光エネルギーを到達させることである.このような高効率のエネルギー伝達効率を達成している物質は,非常に類希な存在であり,その機構を明らかにすることは,新しい物理学概念の形成に繋がると考えられる.本研究は,これまで申請者が行ってきた研究結果に基づき,光合成研究の分野で見落とされてきた電子系,及び分子系の持つ「コヒーレンス」に着目し,光合成細菌の光合成系において達成されている高効率エネルギーの起源を明らかにし,更にはエネルギー伝達効率を人為的に制御する技術の確立を目指す. H18年度は,アンテナ色素蛋白複合体において緑色領域の光捕集を行うカロテノイドに着目し,そのコヒーレント光学応答を実験,および理論の両面から研究を行った.試料としては,代表的カロテノイドであるβ-カロテンを採用した.励起光源には当該研究グループで開発した10フェムト秒非同軸光パラメトリック増幅(NOPA)システムを用い,誘導フォトンエコー,及びトランジエントグレーティング信号を中心とした縮退四光波信号を観測し,分子系のコヒーレント信号の観測に成功した. ラマン信号測定の結果を踏まえ,Brownian oscillator modelによりスペクトル密度を求め,そこから,線形吸収スペクトル,誘導フォトンエコー信号,及びトランジエントグレーティング信号を数値計算により求めた.実験と理論計算の一致は非常に良好であった.このことは,カロテノイドでこれまでよく知られた三準位系に二光子準位を加えた四準位系を採用することが,光合成の初期過程を正しく理解する上で大切であることを意味している. また,カロテノイドのコヒーレント振動の寿命は1psであり,これはカロテノイドから励起エネルギーの受領先であるクロロフィルのエネルギー移動時間よりも十分に長いことが分かった.この事は,カロテノイドからクロロフィルへの高効率エネルギー移動の本質を与えていると考えている.
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