材料中の水素一転位ダイナミックスを検出するにあたり、代表的な高強度鋼である焼戻しマルテンサイト鋼、伸線パーライト鋼を用いて、室温における転位による水素の輸送現象解明を目的とした。引張試験中に試験片から放出される水素を検出するために、低ひずみ速度引張試験機(SSRT)に真空チャンバを取り付け、そこに質量分析器(QMS)を組み込み装置を試作した。試験片表面の吸着水起因の水素、および応力を負荷しなくても拡散する水素を除去することで、変形過程における水素放出挙動を解析した。その結果、焼戻しマルテンサイト鋼および伸線パーライト鋼ともに、弾性変形過程では水素の放出は認められず、一方、降伏点近傍で水素放出が開始し、その後急激に水素の放出が低下し、無応力状態での水素放出より低下する。塑性変形初期の急激な水素放出は、刃状転位による水素の輸送に起因し、その後の水素放出の低下は、転位密度の増加とともに平均転位移動速度が低下し、さらに結晶粒界などに転位がpile-upすることに起因すると推察される。さらに、無応力状態での水素放出より低下する理由は、転位間の相互作用により水素トラップサイトが形成し、これが水素放出の抑制作用をして作用したことが原因と考えられる。以上、高強度鋼の変形過程における水素-転位ダイナミックスの検出に成功し、平成19年度に得られた純鉄における挙動とは大きく異なることを見出した。
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