日本刀は日本の文化財の中でも、伝統的に1000年の長きに渡り受け継がれてきた金属分野の世界的遺産である。現在の日本刀は美術品として鑑賞するものだが、鉄鋼材料として極めて優秀なものとされている。しかしながら、日本刀の物理・化学的性質、材料科学的性質の研究は行われていなかった。筆者が材料科学的研究を始めてから、いくつかの注目すべき発見があった。本研究は、それらを現代の鉄鋼組織制御のためにフィードバックできるようにすることである。そのひとつが、非常に微細な結晶粒の存在である。金属の強度は加工、析出物などによって高めることができるが、結晶料径もそのひとつである。料径が小さくなるほど強度が増大する(ホール・ペッチの関係)が、鉄鋼の場合、工業的に達成できる料径は20-30μmである。これを一桁下げて数μmに出来れば強度は飛躍的に増大する。室町時代の日本刀では、その一部にパーライト組織の数μmの結晶粒が存在することを見出した。今年度も、他のいくつかの日本刀を透過電子顕微鏡等で研究した結果、刃金と芯金の中間領域では10μm以下の結晶粒が存在することを新たに見出した。これは加工・熱処理と深い関係があり、この点について考察した。微細な結晶粒が存在する領域は日本刀の数mm幅の領域であるが、結晶粒は下部ベイナイトのような針状ではなく、多角形でオーステナイト結晶のまま、微細なパーライト組織になっている。この原因として、高温での鍛錬後にオーステナイトの結晶粒成長する時間が極めて少なく、微細な結晶粒のまま冷却されたことが考えられる。 このほか、古墳時代の直刀の組織を再現する試みでは、たたら鉄を使用して縞状組織の再現に成功した。また、日本刀とヨーロッパの刀剣の比較をするため、ケルト時代刀、ドイツ中世の刀等の材料科学的研究を行った。
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