日本刀はわが国が世界に誇る鉄鋼の文化財である。その美術的な価値はもちろんのこと、手作りに近い技術水準の時代に、非常に高品質の鋼を生産し、異なる鋼種を使い分け、加工・熱処理技術も高い水準に達していたとみられる。大量生産には適する技術ではなかったが、その技術には現代でも学ぶべきものがあると考えられ、先端科学的な研究が必要である。しかし、日本刀に関する現代の材料科学水準での研究は全く行われておらず、その評価内容は伝承と鑑賞面だけのものであった。そこで、日本刀の材料科学的評価に着手し、鋼の微細構造、非金属介在物の微細構造、機械的性質、化学的性質などを総合的に検討してきたが、その結果の中に工業的に得られる平均結晶粒径(25~30μm)より小さいものが見出された。これが日本刀における標準的なものなのか、あるいは見出された刀だけのものなのかを判断するには、ある程度の数の日本刀を調べなければならない。 そこで、鎌倉時代から江戸時代末期までに造られた日本刀の微細組織を調べ、日本刀における微細結晶粒の状況と、これらの結果から導かれる微細結晶粒の生成機構について追及した。その結果、鎌倉時代から室町時代末までに製作された日本刀には、平均結晶粒径が10~20μmのものが多く観察され、最も小さいものでは数μmの結晶粒径をもつ日本刀が観察された。しかし、江戸時代の刀では結晶粒径の小さいものは少なく、時代によって変遷のあることが明らかになった。最も結晶粒径の小さい日本刀は室町中期頃に製造されたものである。ただし、統計的に時代の変遷あるいは特徴を把握するだけの数の試料は分析していないので、上述の時代依存性は実験の範囲内に限った傾向である。 微細結晶粒は刃に使われている鋼および刃と芯金の境界領域で観察される。刃の非金属介在物を観察すると、結晶粒径の小さいものほど非金属介在物が小さい傾向を示す。これは、鋼の鍛錬の回数が多いことを示し、鍛錬加工と結晶粒度に深い関係があることを示す。また、非金属介在物の微細構造を観察すると、芯金の非金属介在物が融解して複雑な構造を示すのにたいし、刃金の非金属介在物は比較的単純な構造を示し、かつ、破壊された形状を示すものが多い。これは、刃の部分の加熱温度が低いことを示唆するものと考えられる。実際の加熱方法は不明であるが、比較的低い温度で熱間の鍛錬が行われ、導入された転位等の欠陥による再結晶が生じても、低温のため結晶粒成長が少なく、小さな結晶寸法を保っているものと考えられる。また、鍛錬の回数が多いため、蓄積されるひずみエネルギーが大きく、再結晶における結晶核の生成数が多く、結晶粒の微細化を促しているものと推定される。また、刃金と芯金の境界に微細な結晶粒が存在するものもある。刃金の炭素濃度は平均で約0.6mass%の中炭素鋼であり、芯金の炭素濃度は0.1mass%以下の低炭素鋼である。刃金と芯金は鍛接されるが、加工熱処理の段階で炭素の拡散が生じ、これと同時に加工によるひずみが導入される。これが再結晶の核形成頻度を増大させているものと考えられる。定量的データーを得る段階には達していないが、これらの結果は、微細結晶粒を鋼に付与する方法として有効な成果と考えられる。
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