これまで曖昧な知見しかなかった前部視覚中枢の内部について個々の神経回路要素の位置を特定するため、まず、シナプスや神経線維全体を染める抗体nc82を用い、前部視覚中枢内部の細かな局所的特徴を細かく把握した。この結果、前部視覚中枢の内部を貫く神経線維の束を6種類、シナプスが球状に密集した「島」状の領域を11ケ所同定した。これら線維束やシナプス密集領域の位置には個体差がほとんど見られなかった。また、グリア細胞の突起をラベルして解析したところ、これら線維束やシナプス密集領域は周囲を特徴的にグリアで囲まれていた。とくにシナプス密集領域の構造は、触角葉で見られる糸球体構造と非常に類似していたので、これらを糸球体と名付けた。 次に、視覚・嗅覚・聴覚系の投射神経をラベルするGAL4エンハンサートラップ系統を用い、これらが投射する標的領域を、上記のランドマークを用いて基本台帳地図上に詳細にマップした。この結果、視覚中枢からの「コラム型」投射神経の末端は、全て同定された糸球体の位置と一致し、少なくとも糸球体の過半数は、コラム型投射神経によって形成されていることが分かった。一方、接線型投射神経の末端は糸球体には投射せず、それ以外の領域に拡散して投射していた。コラム型は経路ごとに異なる位置に投射するのに対し、接線型は複数の経路が同じ位置に重複投射していた。 一方、触角葉からの嗅覚系投射神経の末端は、視覚系の神経が投射する領域とは離れた場所に集中していた。聴覚系の投射も、前部視覚中枢下部の、別の場所に投射していた。従って視覚・嗅覚・聴覚系の情報は、どれも前部視覚中枢には送られるが、その中の別々の領域に分かれて伝えられることが分かった。これは、一見大きな境界が見られない前部視覚中枢下部が、入力する情報という点では少なくとも3つの大きなゾーンに分かれていることを示唆している。また、異種の情報の統合は、投射神経同士が直接行うのではなく、投射神経から情報を受ける介在神経のレベルではじめて生じることが示唆された。
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