研究概要 |
植生がニホンジカの採食下にある大台ケ原では,その採食から樹木を保護するために防鹿柵が設置されている.この点に着目し,ササの形態特性とネズミ類の生息状況との関係を明らかにすることを本研究の目的とした.ササの繁殖状態の相違に基づき6プロットを設定し,各プロットでミヤコザサの形態特性などを調べた.同時にネズミ類の捕獲調査をおこない,100トラップ・ナイトあたりのネズミ類各種の捕獲個体数を算出した.捕獲されたネズミ類は,アカネズミ,ヒメネズミ,およびスミスネズミであった.ニホンジカ個体群密度のより高い地域では,防鹿柵内外でアカネズミおよびヒメネズミの捕獲個体数が異なり,柵内で多く捕獲された.一方,スミスネズミは柵内でのみ捕獲された.防鹿柵内のミヤコザサは柵外よりも稈高が高く,稈密度が低く,乾燥重量が大きかったことから,これらがカバー(避難所)として作用し,ネズミ類の活動に有利に働いていると推察された. ニホンジカが多数生息する奈良公園のイラクサの葉当たりの刺毛数および葉面積当たりの刺毛密度は、ニホンジカが生息していない桜井のイラクサよりも、数十倍高かった。両地域のイラクサの種子を条件を同じにした環境下で生育させたところ、野外と同じ傾向がみられた。また、奈良公園のイラクサ実生のニホンジカによる被食頻度を奈良公園に移植した桜井のイラクサ実生と比較したところ、有意に低い被食頻度を示し、生存率も高かった。以上の結果は、奈良公園の高い刺毛密度は遺伝的に固定された形質であり、シカからの被食を防ぐため自然淘汰によって進化した形質であることを示唆している。 「シカによる被食圧下でみられるミヤコザサの小型化、窒素濃度の向上、光合成能力の向上は、シカによる接触刺激に端を発する連鎖反応である」との仮説を検証するため、シカによる影響を排除した環境下で接触刺激を与えつつミヤコザサを栽培し、接触刺激を与えずに栽培したミヤコザサと比較した。その結果、接触刺激により小型化と光合成能力の向上は誘導されたが、窒素含量の増大は誘導されなかった。現在、生育環境の影響およびササの変化の方向性を考慮に入れた追加実験を実施している。
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