哺乳類の精巣は通常の体温よりも低い温度環境下におかれ、精子形成細胞は低温環境下でのみ活発に細胞分裂・分化を行うことができる。我々は、32度前後の低温で特異的に発現誘導される遺伝子群が存在する事、さらに軽度低温が37度環境に比べいろいろなストレスに対する細胞の抵抗性を高めることを報告してきた。本研究では、ストレス抵抗性増加の分子機序および低温ショック蛋白質の関与をあきらかにし、男性不妊症及び精巣腫瘍発生との関連を検討することを目的とし、以下の結果を得た。 1.転写エンハンサーである軽度低温応答エレメント(MCRE)に結合する転写因子の同定を酵母1ハイブリッド法により試みたが、バックグラウンドが高く不可能であった。そこで、MCRE結合蛋白質を濃縮し、ゲル電気泳動にて分離、マススペクトロメトリーにより複数個同定した。それぞれを過剰発現させると、低温ショック蛋白質CirpおよびMCRE制御下にあるレポーター遺伝子の発現が亢進した。しかし殆どのMCRE結合蛋白質は転写因子ではなく遺伝子発現の修飾因子と考えられた。2.同定したMCRE結合蛋白質の一つをヒト細胞株に過剰発現させ、その制御を受ける遺伝子群をマイクロアレーにより同定した。3.一過性の遺伝子トランスフェクション法により、cirp遺伝子中に同定したMCREは、そのまま単独で染色体に組み込んだのでは、レポーター遺伝子の発現を低温で誘導させる活性が認められなかった。そこでいろいろなMCRE変異体を作製し、良好な誘導が見られるコンストラクトを開発した。これはバイオテクノロジー分野の蛋白質産生に応用できる。4.Cirpノックアウトマウスの解析により、Cirpが創傷治癒に関連することを発見した。5.酵母2ハイブリッド法を利用し、Cirpが結合する蛋白質をキナーゼを含め複数種同定した。ストレス抵抗性増加に関与する分子であることが期待される。
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