平成20年度の研究ではおもに、ロシア国内で活動する宗教団体、とりわけロシア正教会の実態について調査しました。従来のロシア研究では宗教の文学的、または歴史的な意義について論じられることがおおく、社会科学の研究対象になることはありませんでした。このような実情をふまえて、ロシア正教会がロシア社会において信者にかぎらず、ふつうの人びとの暮らしとどのようにかかわっているかを実際に解明するために、モスクワ市内と市郊外の教会を訪問しました。 近年のロシア社会では正教会寺院の建設ラッシュがおこっており、いわゆる正教会ブームがまき起こっています。その背景には、ロシア経済の急速な市場経済化によるロシア人のなかでの貧富の差の拡大、外国製品や文化の流入によるロシア人のアイデンティティーの喪失があり、ロシア人の精神的な源泉の復興の必要性が唱えられています。 そのような正教会にたいする社会的な要請がある一方で、今回の調査が明らかになった重要な点は、ロシア正教会そのものがビジネスを展開し、莫大な資金を獲得していることです。1917年社会主義革命で財産を没収された正教会はプーチン政権下、その返還を求めています。あらたに手にした、たとえば不動産を私企業に売却することで富を得ており、そのことで先に述べたような人びとの生活実態からかけ離れたような存在になりつつあります。と同時に、もはやロシア最大の財閥になった正教会と政治権力との癒着が生じています。政治と宗教とのかかわりの方向性は、ロシア政治の重要な視点となっています。
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