ナイロビ・スラム住人の追跡調査による都市部労働市場の実態分析を、ベースライン調査、第1次・2次追跡調査からのデータを解析することにより行った。 追跡方法を変更し、電話による追跡調査を部分的に採用し、ナイロビ都市部への移動者以外に農村部や他の都市への移動者をも可能な限り追跡した。 この分析で解明したことは、第1にスラム以外の都市部へ移動した者の所得は平均して上昇していること、彼らの教育水準と都市部へ移住してからの時間(経験)は互いに補完的であり、スラム以外の都市部へ移動する確率を高まることが分かってきた。教育と都市での経験年数は農村への移動には影響を持たない。 所得上昇は平均して認められたが、教育の収益はナイロビ公的部門(スラム以外)都市部への移動者の間で著しく高いことが分かった。すなわち、ナイロビ(スラム)での経験が4・5年以降、初等教育を終了した者は公的部門への移動確率が相対的に高く、さらには所得上昇も相対的に大きい。また、スラム内では(賃金で計られる)教育への収益は有意ではない。 以上の実証結果は、スラム内サンプルのみを使って教育の収益を計測した場合にはサンプル選別バイアスが存在することを意味する。教育の役割は(1)都市部公的部門への移動確率を高め、(2)移動後の所得上昇をより大きなものにする。 第2に子供の移動は親の死亡に影響されるが、農村への移動確率が高まる(農村の親戚に引取られる)のではなく、スラム内に留まる確率が高まることが明らかになった。HIV・AIDSで上昇した成人死亡率が子供の厚生へ負の影響を持つことが示唆される。 教育と都市での経験の蓄積は公的部門への移動・所得上昇をもたらし、親の死に代表される(家計の)人的資本の損失はスラム部門への残留確率を高めるという意味で、人的資本蓄積(損失)が都市部貧困層からの脱出の決定要因になっていることが分かる。
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