ナイロビスラムの移動パターンと労働市場や子供の厚生のダイナミズムを、パネル・追跡調査によるミクロデータをもとに分析した。調査はAfrican Population and Health Research Center(APHRC)の行っているDemographic Surveillance System(DSS)のサブサンプルを用い、スラム内外への移動者の追跡調査はAPHRCと共同で行った。 この調査からは、まずスラムへの移動者のうち初等教育を終了している者はナイロビへ移動してからの年数(経験)が経つにつれてスラム外の公的部門へ移動する確率が上昇する。対象スラムからの移動(ナイロビ都市、農村、他のスラム)に伴い、移動者は所得上昇を経験するが、そのなかでもナイロビ都市公的部門へ移動した者は教育の収益が有意に高い。すなわち教育(人的資本)は公的部門への移動確率を高め、さらに所得上昇を増大する。スラム内での教育の収益は有意ではなく、この意味で人的資本有無によるダイナミックな選別プロセスが存在する。 第2に、このサンプルではAIDSによる成人死亡率が高いことから親を失う子供たちが多い。親の人的資本を失った子供たちの移動行動も本研究の焦点である。親を失った子供は、予想とは異なり、スラム内に留まる確率が有意に高い。このことは孤児の厚生が悪化することを意味する。 以上の結果は人的資本の蓄積と喪失とがスラム住民の厚生のダイナミックな変化を決定していることを示している。
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