本研究では、新彊ウイグル自治区にあって、近年の農業開発の影響の大きい天山山脈の南麓、すなわちタリム盆地北縁のオアシス都市群を含むタリム河流域およびジュンガル地方などその周辺地域を対象として、温暖化を含む気候変動と農業開発、都市開発をはじめとする人間活動が、過去20年間の間にどのように地域の水文環境を変化させたかの実態を明らかにすることを目的とした。特に同地域の人間活動の最も大きな制限因子であり、かつ自然環境を規定している水(水文環境)を主題とした。本研究の結果、タリム河では、1950年代以降生産建設兵団という新彊ウイグル自治区独特の兵農一体型の制度によって東部地域からの移住、新規灌漑農地開発が進行した。この際新たに開発された農地は、従来は塩分濃度が高いなどの理由により放棄されていた土地などであったため、除塩のために灌漑水が通常よりも多く必要とされるなど水の利用が助長されることとなった。この結果、タリム川を形成する主要な三つの河川、ヤルカンド川(本流)、アクス川、ホータン川のいずれもが、その流出量が1950年代から1990年代にかけて約60%程度まで減少し、アクス合流点より下流側、特に末端部での深刻な水不足を招き、灌漑農地の放棄や河畔林の衰退などを招いたことが明らかになった。同様な灌漑農地開発は、天山山脈北側のジュンガル地域、さらに西方のカザフスタンをはじめとする中央アジア地域でも起こったが、カザフスタンなど旧ソ連邦諸国は、ソ連邦の崩壊という政治・経済的な打撃によって、逆に環境への負荷が一時的に減少する結果となった。
|