本度は主として以下の課題について検討を行った。 情報理における基礎理論としてHan(韓)とVerduによって創始された情報スペクトル的方法では、確率論的に最も一般的な状況のもとで、情報量や符号化に関わるさまざまな確率変数列の極限の間の相互関係を直接、議論の対象とする。このような一般的性格から、統計力学の基礎的問題、特に、熱力学的エントロピーの確率論的記述に関する諸問題を情報スペクトル的観点から考察することが可能である。特に、熱力学〜統計力学では、単一のアンサンブル(情報源)が重要なのではなく、系の巨視的状況の変化に対応するさまざまなパラメータを持つアンサンブルの族を対象とすべきだという点が重要である。情報理論において、アンサンブルの族を扱う問題として代表的なものはユニバーサル・データ圧縮である。そこで、有村光晴氏と共同で行ってきたユニバーサル・データ圧縮に関する情報スペクトル的考察の知見にもとづいて、物理的エントロピーに関わる基礎的問題に関していくつかの考察を行った。この理論では、十分統計量のある種の漸近論的近似概念と、その十分統計量のサイズの小ささ(漸近レートがゼロであるという性質)の重要性が明らかにされているが、これらの概念が統計力学における巨視的物理量の特徴付けとも関連する可能性を示唆した。考察の一部は電子情報通信学会ソサイエティ大会で発表した。 この他、マルコフ過程の情報幾何構造(指数型分布族としての構造)についての考察を深め、論文としてまとめる作業を進めた。
|