研究概要 |
心の理論とは,ある個体が他者(または自己)の心の状態,目的,信念,推測などを推測する心の機能のことである.本研究では,構成的手法を用いて心の理論の創発に関する進化的基盤を理解し,その成果を応用したシステム構築のための知見を得ることを目的とする.本年度は,特に,行動予測装置,及びコミュニケーション基盤としての心の理論の側面を追究した.第一に,不平等な調整的状況における動的シグナリングの進化的獲得と,獲得されたシグナリングのダイナミクスに焦点を合わせ,行動の前に相互にシグナルを送りあい,その後同時に行動をするというモデルを設計した.不平等な調整ゲームを用いて進化シミュレーションを行った結果,不平等度が高ければコミュニケーションは進化しないが,それほど不平等でないような状況であればシグナルを用いてうまく両者の行動の組を決定するように進化した.第二に,視線制御の形質に基づく,心を読むことと,読まれることを前提とした他者操作の間の共進化に基づくコミュニケーションの成立メカニズムを検討した.衝突回避タスクを対象として各エージェントが他個体の視線方向に応じて自分の視線を制御するエージェントベーストモデルを設計した.進化シミュレーションを行った結果,視線を進行方向からそらすコストの存在にもかかわらず,視線を動かすことの適応性が示された.さらに,視線のもつ役割に関して相互情報量などを用いて詳細に解析した.第三に,心の理論と密接に関連する原初的な文法の処理能力を支える表現型の可塑性について,進化と学習の相互作用の観点から計算的モデルを構築した.進化シミュレーションの結果,原初的な文法が2段階の進化の過程(ボールドウィン効果)を経て創発することが示された.さらに,より一般的な量的形質が進化するモデルを構築し,3ステップに分かれるような進化シナリオがありうることを示した.
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