本研究課題の目標は、グラフィック表現の認知機能の研究に対して、意味論的分析の側から貢献を行うことである。平成18年度は、この目標に向けて、主に次の2点で実績をあげた。 1.「並行抽象による意味作用」がグラフィック表現の意味論的特質の一つとして重要であることを、様々なグラフィック表現の系を分析することにより明らかにし、さらに、この意味作用の形式意味論的モデルを構築し、概念の精緻化をはかった。さらに、Pinkerによるグラフ読解理論や、Loweらによる図の読解専門性に関する研究など、認知心理学的研究においてしばしば指摘され、前提されている意味作用が、本研究において分析した並行抽象による意味作用の特別な例であることを示し、本研究が、グラフィック表現の認知心理学的研究の概念的基礎を用意するものであること示した。この成果は、Diagrams 2006(図の理論と応用に関する第4回国際学会)、Tends in Logic IV(数学的哲学に向けてのStudia Logica国際会議)、日本科学哲学会第39回大会において発表された。 2.本研究課題において行っているグラフィック表現の意味論的分析の主な帰結は、ある情報を図で表現する過程において、その情報から論理的に帰結する別の情報が自動的に表現されるという性質を多くの図がもつ、ということである。この性質は、人が図を使って論理的な推論を行うプロセスに強く影響することが考えられ、それを確かめるために、人が図を見ながら推論問題を解いているときの視線の動きを計測するという実験を行った。視線データを数量的に解析した結果、実験協力者は、ペンやマウスなど、描画のための用具を与えられていない環境であっても、図に特定の要素を描き加えたことを仮定し、その仮定的描画が図の構造に与える結果を推論し、それに基づいて問題を解いていることが確認された。これは、いわば、論理的帰結を自動的に表現するという図の意味論的特質をシミュレーションしていることを意味しており、グラフィック表現の意味論的分析に基づいた仮説により、図の推論効果について有用な知見が得られたことになる。この成果はFUN-AI 2007(はこだて未来大学人工知能研究会)において発表され、また、日本認知科学会第24大会に発表申請中である。
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