研究概要 |
特定の行為を実行し、目的を達成するためには、運動のタイミングや大きさを正確に統御することが必要である。とくに、遂行中あるいは準備中の運動を、途中で変更したり、中止するという判断がとっさに必要とされるような場面も日常生活には多い。状況の変化に対応して素早く運動抑制するという能力は、生体の運動統御の基本的機能のひとつと考えられる。本研究課題では、運動抑制の脳内メカニズムを解明することを目標としている。stop signal課題は運動抑制を評価するパラダイムのひとつである。stop signal課題はADHD,パーキンソン病、前頭葉障害などで異常を示し、ドパミン系や前頭前野機能を反映するとされる。stop signal課題においてはなかでも右前頭前野の優位性が指摘されているが、詳細は明らかではない。研究計画の第2年目である本年度は、本課題遂行中の運動野の興奮性の変化を事象関連TMSの手法を用いて検討した。10名の正常被験者に対する実験の結果、右手の運動抑制中には、手の運動野だけではなく、足の運動野の抑制も認めた。これは、運動抑制機構では体部位局在が厳密ではなく、むしろ、全運動野を抑制しているという可能性を示唆している。これは、運動抑制が、危険からの逃避に関わる行動であることを考えれば、納得のいく結果である。また、その神経回路としては、皮質性よりも、皮質下のメカニズム、たとえはNambuらのいうHyper-direct pathwayの関与が考えられる。 今後は、Go試行中に前頭前野のTMSを与えた場合には、運動抑制が生じることが予測される。また、stop signal試行の場合にTMSを与えた場合は、前頭前野での運動抑制に関わる神経活動がTMSの影響でかく乱されて、運動抑制に失敗するなどの現象が生じる可能性がある。脳機能に介入する手法であるTMSを、脳機能を観察する手法である脳磁図と組み合わせて用いることで、運動抑制に関わる脳内機構を詳細に解明することが期待される。
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