習慣的に特定の匂いを受容することにより、その匂いに対する嗅覚が鋭敏になることは、日常生活においてしばしば経験されるものの、この嗅覚増強の分子メカニズムはまだ知られていない。匂い情報は、嗅細胞内で活動電位に変換され、次の中継点である嗅球において僧帽細胞へ伝達された後、大脳嗅皮質へ投射し、最終的に匂い情報は大脳で処理され、嗅覚行動として出現する。したがって、習慣的な匂いに対する匂い感度の増強は、上記の嗅覚伝導路の何れかの場において生じていると考えられる。そこで、本研究では、長期にわたる匂い刺激により匂い感度が増強するかどうかを、行動レベルおよび嗅細胞レベルで検討し、さらにその分子メカニズムを明らかにすることを目的とする。 まず、嗅覚情報処理の最終的な出力としての嗅覚行動が、数週間にわたる匂い刺激により変化するかどうかを検討した。従来広く嗅覚研究において陽性コントロールとして用いられているIsoamyl-acetate (IAA)によって、マウスを約3週間刺激した後、Habituation-testにより、匂い応答の濃度依存性を行動学的に検討した。その結果、IAAに対する匂い感度は、約10倍増強することがわかった。また、IAAおよび別の匂い物質を同時に用いたpreferential-testにより、このマウスは、持続刺激を受けたIAAの方により高い嗜好性をもっことがわかった。以上より、持続した匂い刺激により、その匂い物質に対する応答が増強することが示唆された。 次に、この嗅覚増強の分子メカニズムを明らかにするために、まず、神経の主要なリン酸化酵素であるErk/MAPKに注目し、嗅覚増強とErk/MAPKの関与を検討した。Erk/MAPK阻害剤SL327をマウス腹腔内に投与した後、持続匂い刺激を与え、Habituation-testを行ったところ、匂い増強反応は消失し、匂い感度は、持続刺激前と同程度であった。このことから、Erk/MAPKが嗅覚増強に関与することが示唆された。
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