本研究では、長期にわたる匂い刺激をマウスに与えた後、匂い感度が増強するかどうかを行動レベルおよび嗅細胞レベルで検討し、さらにその分子メカニズムを明らかにすることを目的とする。平成18年度において、数週間にわたるIsoamyl-acetate(IAA)刺激によりIAAに対する嗅覚行動が増強し、かつその形成には神経の主要なリン酸化酵素であるErk/MAPKが関与することを明らかにした。そこで平成19年度は、同様の匂い刺激後、嗅細胞レベルにおいて嗅覚増強反応が生じるかどうかを検討した。まず、IAAによる短時間の単発の匂い刺激を与えたところ、一過性に嗅細胞Erk/MAPKが活性化することがわかった。Erk/MAPKはアポトーシスを抑制することがよく知られている。嗅細胞は終生ターンオーバーを繰り返すことから、持続匂い刺激により嗅細胞のアポトーシスが抑制され寿命が延長する可能性が考えられた。そこで、IAAによる匂い刺激が嗅細胞へのBrdUの取り込みに及ぼす影響を解析したところ、持続匂い刺激によってBrdU陽性嗅細胞数が増加したことがわかった。以上より、数週間にわたる匂い刺激により嗅細胞Erk/MAPKが活性化することで嗅細胞の寿命が延長することが示唆された。このことは嗅細胞レベルにおいて嗅覚増強が生じる基盤となる可能性がある。今後は、Erk/MAPK活性化により生じる嗅細胞内事象について検討し、嗅細胞の生存延長の分子機構を解析する予定である。
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