本研究では、まず、嗅覚情報処理の最終的な出力としての嗅覚行動が、数週間にわたる匂い刺激により変化するかどうかを検討した。Isoamyl-acetate(IAA)によりマウスを持続的に刺激した後、匂い応答の濃度依存性を行動学的に検討した。その結果、IAAに対する匂い感度は約10倍増強することがわかった。IAAおよび別の匂い物質を同時に用いたテストにより、このマウスは、持続刺激を受けたIAAの方により高い嗜好性をもつことがわかった。次に、この嗅覚増強の分子メカニズムを明らかにするために、まず、神経の主要なリン酸化酵素であるErk/MAPKと嗅覚増強の関与を検討した。Erk/MAPK阻害剤をマウス腹腔内に投与した後、持続匂い刺激を与えたところ、匂い増強反応は消失し、匂い感度は持続刺激前と同程度であった。次に嗅細胞レベルにおいて嗅覚増強反応が生じるかどうかを検討した。IAAによる短時間の単発の匂い刺激を与えたところ、一過性に嗅細胞Erk/MAPKが活性化することがわかった。IAAによる匂い刺激が嗅細胞へのBrdUの取り込みに及ぼす影響を解析したところ、持続匂い刺激によってBrdU陽性嗅細胞数が増加したことがわかった。以上より、数週間にわたる匂い刺激により嗅細胞Erk/MAPKが活性化することにより嗅細胞の寿命が延長することが示唆された。またこのことが嗅覚行動レベルでの嗅覚増強の基盤となる可能性がある。今後は、Erk/MAPK活性化により生じる嗅細胞内事象について検討し、嗅細胞の生存延長の分子機構を解析する予定である。
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