PIP_3の局所的な集積とRac1/Cdc42の局所的活性化は、NGFによる突起伸展において中心的な役割を果たしている。この3者はポジティブフィードバックループで結び付けられている。PIP_3量とRac1/Cdc42活性が局所的で間歌的な変動パターンを示すので、このポジティブフィードバックループに重なって負の制御因子も働いていることが示唆される。平成19年度の解析では、その負の制御因子を同定し、突起伸展制御システムの全体像を明らかにすることを目指した。負の制御因子を解析する手がかりとして、NGF添加後にTrkAの阻害剤K252aを加え、PIP_3量とRac1/Cdc42活性がどう変化するかを検討した。予想外だったのは、K252a添加後、一過1生にPIP_3量とRac1/Cdc42活性がbasal levelを割り込んで低下するsuper-suppressionが起きたことである。シミュレーションを利用して、NGFにより活性化されるPIP3の5-phosphataseが負の制御因子であることをつきとめた。実際、5-phosphataseの候補因子であるSHIP2をノックダウンすることでsuper-suppressionが消失した。SHIP2とPTENのダブルノックダウン細胞では、細胞体から出た神経突起の数と長さが顕著に増大することからも、SHIP2とPTENがこの系における重要な負の制御因子であることがわかる。さらにシミュレーションと実験結果を比較することにより、Rac1からSHIP2へのネガティブフィードバックが働いていることを明らかにした。われわれは、このネガティブフィードバックを取り込んだチューリングの反応-拡散システムに従って、細胞の周辺部にPIP_3量とRac1/Cdc42活性の周期的なパターンが形成され、そのパターンが神経突起の初期突出部の形成を決めていると考えている。
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