神経成長因子NGFによる突起伸展において、PIP_3の局所的な集積とRac1/Cdc42の局所的活性化は中心的な役割を果たしている。この3者はポジティブフィードバックループで結び付けられている。PIP_3量とRac1/Cdc42活性が局所的で間歇的な変動パターンを示すので、このポジティブフィードバックに重なって負の制御因子も働いていることが示唆される。本研究では、その負の制御因子を同定し、NGFによる突起伸展制御システムの全体像を明らかにすることを目指した。負の制御因子を解析する手がかりとして、NGF添加後にTrkAの阻害剤K252aを加え、PIP_3量とRac1/Cdc42活性がどう変化するかを検討した。予想外だったのは、K252a添加後、一過性にPIP_3量とRac1/Cdc42活性がbasal levelを割り込んで低下するsuper-suppressionが起きたことである。シミュレーションを利用して、NGFにより活性化されるPIP_3の5-phosphataseが負の制御因子であることをつきとめた。実際、5-phosphataseの候補因子であるSHIP2をノックダウンすることでsuper-suppressionが消失した。さらにシミュレーションと実験結果を比較することにより、Rac1からSHIP2へのネガティブフィードバックが働いていることを明らかにした。このネガティブフィードバックを取り込んだチューリングの反応-拡散システムに従って、細胞の周辺部にPIP_3量とRac1/Cdc42活性の周期的なパターンが形成され、そのパターンが神経突起の初期突出部の形成を決めているというモデルを考案した。この研究により、突起伸展制御システムの素過程を明らかにすることができた。また、イメージングとシミュレーションを組み合わせたシステムバイオロジー研究の成功例を示すことができた。
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