シナプス前抑制は生体におけるシナプス伝達効率を変化させる原理の一つであり、シナプス前末端の特性を一時的に変化させ、神経伝達物質の放出を抑圧することによってシナプス伝達を抑圧する。その際、生体がシナプス後抑制を用いる大きな利点は、シナプス後膜電位を変化させずにシナプス伝達効率を修飾できる事である。しかし、麻酔動物やスライス標本から得られた豊富な知見と対照的に、覚醒動物の行動下でシナプス前抑制がどのような働きをしているのかについての知識は極めて乏しい。本研究の目的は覚醒動物の運動や感覚の制御過程においてシナプス前抑制が果たしている役割を網羅的に明らかにすることであった。我々は覚醒サルの頚髄上にチェインバーを装着してサル頚髄における刺激・記録を行う方法、および皮膚神経に慢性電極を装着して刺激・記録を慢性的に行う方法を組み合わせて、無麻酔行動下のサルにおける筋神経の単シナプス性入力の行動遂行に伴う変化を観察した。その結果、皮膚神経入力と異なり筋神経へのシナプス前抑制は運動方向依存性を持つ事が明らかになった。つまり、感覚入力が運動とagonisticな反射出力を生む場合はシナプス前抑制は低く、antagonisticな場合は高くなっていた。これらの結果は、運動中枢からシナプス前抑制を介した末梢感覚抑圧機構は感覚のモダリティ別に異なった制御をされている事を示唆していた。
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