長距離シス調節は、発生に関わる重要な遺伝子座に多く見られる特徴的なゲノム構造である。マウスは多様な遺伝学的手法が使える点できわめて有用なモデル動物であるが、従来の手法は全ゲノムを対象とするランダムミュタジェネシスか、単一の遺伝子座をピンポイントで破壊するジーンターゲティング法に限られていた。そこで本研究は両者の中間的なスケール、すなわち数kbから数Mbのゲノム領域を集中的かつ網羅的に改変する全く新しい染色体エンジニアリングを提案し、トランスポゾンの局所跳躍特性を活用する独自の発想により、それを実現した。 具体的には、マウスES細胞のPaxl遺伝子座付近にトランスポゾンベクターをノックインした後、転移酵素によりES細胞内で転移させたところ、転移後のトランスポゾンの42%が、起点より1.5Mb以内のゲノム近傍に挿入していた。また、転移したトランスポゾンと起点との間でCre/lOxP組換えを誘導できる仕組みとし、様々な長さの欠失アリルを効率的に作製した。次に、これらのES細胞の中からPaxlゲノム領域の多彩な挿入/欠失変異クローンを選び、四倍体胚盤胞移植によりES細胞由来のマウス胚(胎生11.5日)を作出した。各々のゲノム改変に応じたレポーター遺伝子の発現パターン変化を比較検討した結果、Paxl遺伝子の長距離シスエレメント(エンハンサー)を、ゲノム上数百kb以上離れた領域に複数箇所マップすることができた。さらに、これらのエンハンサー候補を従来のトランスジェニック・アッセイによって検証した結果、未知の長距離エンハンサーを新たに数カ所同定するに至った。本研究の手法は、大きなゲノム領域を対象とする新たなゲノム機能解析を可能とするものであり、微小欠失症候群など最近注目を集めるゲノム異常疾患の解明にも寄与すると期待される(論文投稿中)。
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