昨年度の研究により、リーチング運動時に左腕(もしくは右腕)だけで(片腕運動で)獲得した運動学習効果と、もう一方の腕の動きを付けくわえて両腕運動として獲得した運動学習効果は完全に互換ではない、ということが明らかになった。すなわち、「同じ腕の運動学習に関わる脳内過程として、片腕運動専用の部分、両腕運動専用の部分があることの実験的証拠」が得られたことになる。今年度は、この結果を受け、以下の研究を実施した。 (1)運動学習に関わる脳内過程の数学的モデルの構築 片腕専用、両腕専用、共用の3つの領域から構成される数学的モデルを構築した。このモデルでは、リーチング運動を行うたびに運動軌道のエラー情報によってそれぞれの領域の状態が更新される。このモデルのパラメータを適切に設定することにより、昨年度得られた実験結果(運動学習効果の片腕-両腕運動間の非互換性等)をほぼ再現できた。 (2)数学的モデルによる新たな予測とその検証 ロボットアームを用い、片腕リーチング運動時に一方の腕に手先の速度に依存した力場を課す。この力場に適応した後(運動学習効果を獲得した後)、ロボットアームによる力場を切り、両腕運動、片腕運動を交互に繰り返す(ウォシュアウト)。ウォシュアウト時、力場を課した方の腕が運動学習効果を失っていく過程を、その「後効果」を観察することにより明らかにできる。興味深いことに、この場合、我々の構築したモデルは、・後効果を失っていく過程が両腕運動時と片腕運動時では全く異なった時間経過を辿ること、さらに、・両腕運動時の後効果が基準レベルをオーバーシュートして逆方向にまで振れてしまう、という新しい予測をもたらす。我々は実験により、この予測どおりのことが実際に生じることを確認した。 以上の結果より、・片腕運動と両腕運動の際の同じ腕の運動学習には部分的に乖離した脳内過程が関与していること、・各過程の状態量が片腕運動、両腕運動のエラーに応じて更新されるという機序が機能していること、・こうした構造のために同じ腕の運動学習が片腕運動、両腕運動を行う順番等によって大きく影響をうけること、が明らかになった。
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