今年度の交付申請書の「本年度の研究実施計画」にそって、その成果と実績の概要を説明する。 (1)日本および韓国で資料調査を行い、『朝鮮医学会雑誌』、『朝鮮総督府医院年報』のほぼすべてを入手した。 (2)京城帝国大学医学部の研究の全貌をつかむため、先行研究などを頼りにして、研究論文と一次史料の文献目録を作成した。一次史料の量が膨大であるため、史料収集はまだ途中段階である。一方、京城帝大の紀要や『満鮮之医界』など、当時の京城帝大医学部の研究者が寄稿している論文を組織的に収集し、後者はほぼすべてを入手した。 (3)朝鮮総督府医院、京城帝大医学部スタッフの名簿を作成するために、『朝鮮総督府二十年史』はもちろんのこと、『京城帝国大学一覧』も、徐々に入手している。 (4)あわせて、「内地」とのネットワークについて、まずは薬理学第二講座について調査を完了した。この講座は漢薬講座であり、教授の杉原徳行は京都帝国大学の薬理学出身である。同大学薬理学講座は、森島庫太によって指導されたが、ここから台北帝国大学医学部薬理学講座教授の杜聡明も輩出していることが判明した。この情報は2006年12月にソウル大学校社会科学大学で招待講演をした際に、台湾研究者との対話から知りえることができた。この研究者は京城帝大については知らなかった。つまり、「内地」の京都から植民地の京城と台北の薬理学講座に教員を輩出し、人的ネットワークを形成している。さらに、このネットワークには、東大医学部薬学の慶松勝左衛門も加わり、東方文化事業として研究資金が流れていた。この点に関しては、『植民地権力と近代知識:京城帝国大学研究(proceedings)』に、韓国語で「植民地期漢医学研究の展開と伝統医学の再編成」という論文で明らかにしている。
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