本研究は、一般的に生産性の高いとされる亜寒帯域に属しながら、貧栄養の対馬暖流水の影響を強く受けている北海道日本海沿岸域を研究対象とし、海域からの栄養塩のみならず陸域からもたらされる栄養塩の量(フラックス)と質(栄養塩組成)が沿岸域の低次生産構造に時空間的にどの様な影響を与えているかについて明らかにすることを目的として行われた。特に堆積物中の化学成分分析および顕微鏡観察により高い生産性を保証する植物プランクトンである珪藻類の過去における生産量の時空間的変動と陸域からの栄養塩供給の歴史的変遷の関係を明らかにした。研究期間中に得られた主な知見は以下の通りである。河川水プルームの流軸に沿った地点の堆積物コアの化学分析の結果、有機炭素含量の高い層が確認され、堆積速度から1970年代に堆積した層であると推定された。これはこの時期に炭素に富んだ泥炭質を含んだ土壌粒子が河川を通して海域に輸送された結果を示し、1970年代に農地改良が盛んに行われたことと洪水が頻発した事実と符合する。また、海洋の主要な植物プランクトンである珪藻類のみが生産するケイ酸質の殻に由来する生物起源ケイ素の分布は、もっとも河口に近い点において徐々に増加する傾向が得られた。このことは、この地点において珪藻類の生物生産が近年増加傾向にあることを示唆している。この理由として河川からの栄養塩等の供給が近年増加傾向にあること、あるいは河川改修の結果、河川起源の粒子量が減少し、植物プランクトンの光合成に重要な光環境が改善したことが考えられた。
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