近年、我国でも様々な海洋生物の分布域の北限が北に移動し、生態系や水産資源に重大な影響を及ぼしつつある事例が報告され、温暖化の影響が示唆されている。しかし、こうした現象を集団の遺伝的構造の面から捉えた研究例はほとんど無い。我国の干潟の代表的な動物群である巻貝類でも、カワアイやイボウミニナがこれまで記録が無かった東北地方で最近、相次いで発見されており、温暖化による分布域の拡大が疑われている。本研究では、系統地理学的解析により、各地域の個体群の成立過程とその時期を推定し、地球温暖化との関係を検証する事を目的に、2000年にサンプリングをおこなった宮城県から岩手県に至る三陸海岸の干潟で再度、巻貝類の分布調査と標本採集をおこなった。現時点で分布北限となる宮城県万石浦のカワアイ集団は、発見後1年程度で大幅に密度が増加しているのが確認された。合わせて最近再定着したと考えられている東京湾と韓国産のカワアイ、福島県波津々浦のイボウミニナ集団の解析もおこなった。 ミトコンドリアDNAのCOI遺伝子領域の塩基配列に基づく解析をおこなったところ、東京湾のカワアイ集団は既知の国内の集団とは異なる遺伝的性質を持ち、国外からの移入に由来する可能性が高いと考えられた。しかし今回解析した韓国集団とは一致せず、移入元を特定するためには更に多くの海外集団の解析が必要である。一方、三陸沖のカワアイやイボウミニナ集団と本州西部の太平洋岸に分布する集団との間に遺伝的な差異はなく、本州太平洋岸に沿った分布域拡大が最近起きた可能性が高いと考えられる。現在、より進化速度の速いミトコンドリアDNA領域の検索している。また核遺伝子でも同様な解析をおこない、分布拡大過程を解明していく予定である。
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