ヒトの放射線発がんは、放射線単独の影響ではなく生活環境因子にも強く影響を受けている(複合影響)と考えられ、複合影響をふまえた放射線発がんモデルの構築と、その発がんメカニズムの解明が必要である。本研究では、放射線誘発マウス胸腺リンパ腫モデルを用いて、低線量放射線と低用量環境化学物質(エチルニトロソウレア:ENU)の複合暴露による発がん機構の特徴と暴露の順番の生物効果の違いを解明することを目的とした。X線またはENU誘発マウス胸腺リンパ腫発生の線量用量効果関係は、閾値がありこれを含む線量と用量で複合曝露した。また、がん抑制遺伝子であるIkarosの変異タイプは発がん剤依存的で、X線誘発では点突然変異がヘテロ接合性の消失(LOH)を高頻度に伴うが、ENU誘発ではLOHを伴わないことが明らかになっている。B6C3F1マウスにX線を1週間間隔で4回全身照射した後、ENUを4週間投与(X線→ENU)した場合の胸腺リンパ腫の発生は、低線量放射線(閾値以下)はENU発がんを抑制し、高線量放射線(閾値以上)は相乗的に促進した。Ikarosの変異は主に点突然変異でLOHを伴わないENUタイプであった(18年度)。さらに、変異スペクトルの解析から複合特有の塩基置換が増加することが明らかになった(複合タイプ)。一方、投与順が逆の場合(ENU→X線)は、線、量用量にかかわらず相加的であり、Ikarosの変異は、点突然変異でLOHを伴うX線タイプであった(19年度)。また、同時投与(X線+ENU)では、リンパ腫の発生は、閾値以上の組合せで相乗的に増加し、Ikarosの変異はENUタイプと新たな複合タイプであった(19年度)。以上の結果から、放射線とENUの複合曝露による胸腺リンパ腫の発生においては、暴露の順番が異なると複合様式や癸がん機構が変動することが示された。本研究では、複合暴露による発がんメカニズムを分子生物学的に解析した点で重要である。
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