研究概要 |
本研究では、標的たんぱく質表面と相補的に相互作用する官能基を有機合成化学的に導入した低分子モジュールを、遷移金属イオンをモレキュラーグルーとして集積し、モジュール集合体によるたんぱく質表面部位特異的認識とたんぱく質機能の制御を行う手法の確立を目的としている。本年度は代表的セリンプロテアーゼのキモトリプシンを標的たんぱく質に定め、モジュール集合系には確実な誘導体合成と構造解析が可能と考えられたルテニウムビピリジン錯体を合成し、錯体による酵素活性ポケット周辺の塩基性アミノ酸残基クラスターの認識とそれに基づく酵素活性阻害能を熱力学的・速度論的解析によって検討した。2,2'-ビピリジンの4,4'位に種々のアミノ酸類を導入した配位子から合成したルテニウム錯体とキモトリプシンとの解離定数を蛍光滴定で測定したところ、4,4'位に導入した官能基に違いにより結合定数が顕著に変化した。4,4'位にアミノ酸を直接導入した比較的小さな錯体ではほとんど結合能を示さなかったが、4,4'位にイソフタル酸をスペーサーとして介してフェニルアラニンを縮合したデンドリマー様錯体ではキモトリプシンの滴下に従って顕著な蛍光強度の増大が認められ、Kdは9μM程度であった。またカルボキシル基に代わり、アミノ基を側鎖にもつリシンを導入した錯体はキモトリプシンに結合しないことが分かった。これらの結果から、たんぱく質外部表面との結合には錯体中に相補的静電相互作用を有するほかに、一定の疎水性部位を含むことが重要であることが示唆された。また、キモトリプシンの酵素活性阻害機構を速度論的に解析し、フェニルアラニン含有錯体では混合阻害、グルタミン酸含有錯体では競争的阻害機構であることが示され、阻害剤の疎水性が大きい場合には部位非特異的結合に基づくたんぱく構造変化に基づく活性阻害が起こることが示唆された。
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