近年、生体内情報伝達物質として注目を集めているスフィンゴ脂質は、異細胞の認識、アポトーシス、細胞増殖、リン酸化酵素の活性化などの生体内現象に関与するばかりでなく、細胞膜における情報伝達ドメインとしてラフトの形成においても注目されている。本研究は、共通の原料から多様なスフィンゴリン脂質類縁体の十分な量を供給できる統一的で効率よい合成法の確立、それら合成品のツール分子としての有効性の検証と利用ならびに展開を目的とした。その結果、(1)オレフィンクロスメタセシスを用いることにより、多様なスフィンゴ脂質に対する合成法を確立した。次いで、(2)代表的な天然のスフィンゴ脂質である、スフィンゴシン、セラミド、スフィンゴシン1-リン酸、スフィンゴミエリン(SM)の効率よい合成を達成した。また、(3)主鎖末端に蛍光標識基を組み込んだスフィンゴシン1-リン酸(S1-P)の合成、および加水分解されるリン酸エステルの酸素原子をCH_2に置き換えた類縁体の合成に成功した。この新規分子は、細胞に対し基質と同様に認識されることが北海道大学生命科学分野の共同研究者によって確かめられ、魅力的なツール分子として期待されている。さらに、(4)SMの主骨格とホスホコリン部をつなぐ酸素原子をCH_2、S、NH、NMeに置換した類縁体の合成を、各々セリンおよびメチオニンを原料として達成した。生命物理分野の共同研究者であるフィンランドのSlotteグループにより、これらの脂質二重層膜の形成がなされ、それらのゲル層から液晶相への相転位温度がSMとの比較において測定された結果、硫黄類縁体は膜安定性を増大させ、メチレンおよび窒素類縁体は減少させる事が判明した。これらの結果は、SMの上記酸素原子のラフトドメイン形成における重要性を示唆するものであり、スフィンゴミエリンの物性解明に貢献することができた。
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