研究開始二年目の本年度は、「平和」というコンセプトからの事例研究を行う予定であったが、事情により研究の現場から一定期間はなれざるを得ないことが年度始めに判明したため、夏の海外出張では前年度の研究成果(20世紀英国の文化状況の整理と「戦争」というコンセプトからの事例研究)の補完的研究を行うことにした。とくに、冷戦期英国国内の文化がプロパガンダとしてどのように海外に発信されたのかという経緯について、「情報リサーチ局(Information Research Department: IRD)」に関する一次史料を英国公文書館において収集し、新聞や二次文献にあたった。対ソ連プロパガンダを専門とするこの部局に関わった英国の知識人には、Stephen Spender、 Bentrand Russell、 George Orwellなどがいる。なかでもOrwellについては、冷戦初期、彼の小説がIRDによってソ連国内に流布された一方で、英国内においては大幅にプロットを改竄された小説の映画版が、英国民の対ソ連意識を高めるプロパガンダとして量産されていた。さらに、これまで反体制派の急先鋒として祭り上げられることの多かった彼が、亡くなる直前に英国内の共産主義シンパと思われる人物リストを政府直轄のIRDに極秘に提出していた事実が近年明らかにされたが、詳細を知るべく今回内部資料を調べたところ、政府がこの情報を鵜呑みにした事実は見つからず、むしろ30年代に、彼自身に共産主義シンパの疑いをかけ身辺調査をしていたことが明らかになった。ここからわかることは、英国政府がいわば「屈折」した文化の伝播を英国内外で繰り広げ、そのために文化を創出する知識人を利用していたという事実である。これについての詳細は、平成20年度の日本英文学会シンポジウムにおいて報告を行う予定である。
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