研究全体のテーマは社会の〈倫理的ネットワーク〉の構築である。平成18年度はその基礎として規範意識の生成を研究し、19年度には「倫理」の基盤として常識の成り立ちと構造を研究した。時代と世代の視点を導入しつつ、死生観(刊行済み)と昭和思想論(印刷中)を通じて、変わるものと変わらないものとを浮き上がらせた。そして最終の20年度には常識の人類的基盤の研究に着手した。 最初に、(1)西洋と日本における常識の基盤の比較研究を行なった。4月から5月にかけて行ったスウェーデンでの在外研究(招聘教授)や、「ナノエシックス」の哲学的基礎づけをめぐる考察を契機にして、西洋社会における思想の布置状況とその拠り所である「人間主義」の特徴を抽出した(印刷中)。続いて、現代日本における思想状況とその拠り所としての「アニミズム」を確認した。そこから次に、(2)人類共通の原初的な世界経験を探求した。経験と制度の絡み合いの具体的素材として、死生感の変容と並走する家族=親密な関係の変容について考察を試みた(脱稿済み、哲学シリーズの一巻に収録予定)。そのさい、構造人類学(野生の思考、神話論理)を考慮した。以上の成果として、(3)根本的な経験をめぐる理論的枠組みについて一定の見通しをえた。<根本的なもの>を構成するのは、基礎的条件、基本構造、原初的形態である。「基礎的条件」とは、生物的条件ならびに身体的・言語的・社会的条件であり、社会的条件ではとくに、好意・負い目のお返しへの動機づけが次の構造を駆動する「力」となり、<三重の安らぎ>が原点になる。「基本構造」という規準形は、薄い私(=虫)のつながり合いである。そして、その規準形は多様な社会的場面で多様な形態をとる。今日から未来の世代の場合、それは社会的役割のバーチャルな交替という形になる(昭和思想論として印刷中)。 以上の基礎理論をふまえて、目下、(4)「回復」をキーワードとして<もの(動き=形)>の形而上学を構築しつつある(6月の比較思想学会のシンポジウムで報告予定)。こうして<倫理的ネットワーク>を具体的に設計する準備がようやく整ったと言える。
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