研究概要 |
知の基礎づけと言っても、現代の科学が理想として掲げる公理-演繹体系を古代哲学者にそのまま当てはめることはできない。その点について、とくにプラトンによるメタファーの使用を中心に据えて、20年度の研究を展開した。プラトンは相対主義と対決するなかで、善の規範の絶対的存在を示すべく、『国家』において、太陽の比喩、洞窟の比喩、また分割された《線分》による知と存在の諸段階を示すが、その際、数学的公理-演繹体系の重要性を指摘しつつも、同時に数学的学問の上位に、善を頂点とする体系把握の方法として問答法を置く。この問答法を説明するためにプラトンが用い、また問答法を用いて探求する探求者たちも採用すべきはずの方法が、アナロジーや、モデルを用いて、既知の領域で成り立つ関係が、どちらかと言えば不明瞭な領域でも成り立つことを示す方法である。その際プラトンは、メタファーを駆使し、不明瞭な領域についてわれわれが無意識的に抱いている先入見を根底から変えようとする。善のイデアの支配という彼の立場もその一つである。その意味で、善による「知の基礎づけ」それ自体、たんなる公理-演繹体系を超え出たものを含んでいる。研究発表欄に成果として挙げた英語論文は、この問題の一端を取り上げたものである。 また昨年に引き続いて、セクストス・エンペイリコス『学者たちへの論駁』のうちの「自然学者たちへの論駁」と「倫理学者たちへの論駁」の翻訳を進めると共に、G.E.R. Lloyd, Ancient Worlds,Modern Reflections, Oxford, 2004の翻訳も進めた。後者は、メタファーの役割に関する一つのヒントを与えるものであった。両翻訳とも、21年度中には出版の予定である。
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