本年度は、当初から予定されていたことではなかったが、生命倫理に関する最初のレファレンスとしてアメリカ図書館協会のダートマス賞を受賞したEncyclopedia of Bioethics第3版の翻訳に参画することとなり、その作業を通して、生命倫理との関連で「戦争」の諸側面を検討し、また、正戦論が現代において有する意味と課題について考える機会を得られたことが特筆すべき事項であり、また成果である。 とりわけ、医師という、名目上は非戦闘員でありながら戦闘行為の準備や過程、帰結に深く関わり、それだけに倫理的ディレンマに巻き込まれることも多い存在に焦点をあわせて、戦争の論理と倫理について考察する視点は多くの点において教えるところが多い。(軍医の場合に典型的に見られるだけでなく民間での研究開発ともかかわりを持つところの)医療従事者の「戦闘員役割」と「非戦闘員役割」の対立・葛藤、ジュネーブ条約が要求する治療上の「公正さ」と敵/見方を峻別する論理との対立・葛藤、あるいは、戦争に貢献する義務と戦争を防止する義務との対立・葛藤など、今年度の研究計画上で重要なポイントのひとつとして位置づけていた、公共性と私性との関係を考える具体的事例としても有用である。 また、研究計画に組み込まれていた事項ではないが、戦争を評価する際の要素として「公衆衛生」という観点も有用であり、その下でジェノサイドやレイプ、地雷被害による障害、強制移住、飢餓、略奪などを統一的に論じうるばかりでなく、戦争のコストや社会開発プログラムとの関連や、国際機関によるモニターや救援機関の人道的援助に対するアクセス確保の問題などについても問題にしうることが明らかとなった点も収穫である。
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