本研究の目的は、日本社会と中国社会において「老い」がいかに受け止められているのかを生命倫理的観点から検討して、老い観を中心に日中間の文化的位相を明らかにすることにある。中国文化における老い観に関しては、王官成(長江師範学院教授)と林国著(福建師範大学講師)の協力を得て「老」の意味を明らかにした。その具体的成果ついては、次年度以降に公表する予定である。 日本文化における老い観に関しては、「翁文化の形成」という観点から調査し、一定の成果をあげることができた。その成果の一部を論文の形で公表した。以下はその概要である。 日本の伝統的な老い観を探るためには、中国の漢字文化が移植される以前と、それ以後とで、老い観にどのような変化が生じたのかを知る必要がある。そのために古事記・日本書紀・万葉集などの最古文献に依拠しながら、国学や民俗学などの考証も交えて、無文字文化の老人観について考察した。古代の老人たちは、男ならばオキナ、女ならばオミナと呼ばれ、若者たちから一線を画していた。しかし今日にいわれるような「老いの尊厳」が現れ始めるのは、奈良時代以降である。中世になると、とりわけ院政時代には、翁は神格化されるようになった。これに対して、嫗は、南北朝以降、単独相続制や家父長制の確立と共に徐々に衰退していった。 能楽の「翁」は、能にあって能にあらずといわれるように、神格化された翁像を最も純粋な形で保持している。「老い」を文化として捉えるときには、こうした視点も重要である。しかし、これがそのまま翁文化になったのではない。江戸時代になると、このような神格化された翁像から知者や教養人としての翁像への転換がはかられる。こうして近世の翁文化が開花したのである。
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