本年度は、昨年度の課題の継続として、正義と所有権の起源についてのヒュームの理論を取り上げ、ヒュームがホッブズ、グロチウス、プーフェンドルフの合意所有権利をいかなる仕方で変容させ、またいかにしてれを社会的利益にもとづく所有権論へと転換させてサベンサムの功利主義を準備したかを解明しようとした。主に考察したのは、ヒュームが、意志の一致という彼らのpactum概念に代えて、快苦をべースとする利益感覚の一致としてのconvention概念を導入したという事実である。あわせて、ヒュームが17世紀のプロテスタント的自然法学の伝統から多ぐを学びつつも、そこに見られる正義概念を財産所有権の尊重という狭い正義概念へと転換することによって、人間の尊厳を構成する諸要素とされていた諸対象(人身およびそれに付随する能力や資質)を正義の圏外へと追放し、同時に正義と現世的利益との結合関係をより緊密かつ強固なものに仕立て上げたことも明らかにした。ここから分かるのは、ヒュームが、財産所有権の尊重や立憲主義的な権利制約という点においては17世紀自然法学の伝統と関心を共有しているものの、彼は17世紀的狭い正義概念をさらに縮小化することによって、社会的利益という基礎から法や正義を説明しなおすような記述的功利主義を準備したということである。
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