漢訳仏典譬喩経類の中で、六朝道教思想との関連を考える上で重要な『六度集経』について詳細な検討を行った。仏陀の前世物語を多く載せる『六度集経』は、仏教思想史・中国宗教思想史・仏教美術史・中国語法史などの方面で、以前から注目されてはいるが、原文の精密な読解に基づく体系的研究はまだ十分とは言えない。そこで、今回、本研究の科研費採択を契機に、インド仏教、中央アジア・中国仏教美術史、中国仏教思想の研究者十余名から成る『六度集経』研究会を組織した。研究会は毎月1回、名古屋大学文学部で開催し、『六度集経』を最初から丁寧に読み解きつつ、関連のジャータカや本生図などをあわせて検討している。学際的な視点からの興味深い意見交換ができて、刺激に富む研究会である。この研究会での検討をもとに作られた『六度集経』の現代語訳は、来年春、本研究の報告書の中に収める予定である。 仏陀の前世物語は六朝道教に影響を与えている。『六度集経』に見えるスダーナ太子本生を模倣して、六朝道教の最高神の元始天尊の前世物語が作られ、霊宝経の中にその記述が見える。本年度に著した論文「天尊像・元始天専像の成立と霊宝経」は、六朝末から隋唐にかけて、天尊像・元始天尊像が出現し、次第にその数が増えていく状況を実際に現存する像例に即して考察するとともに、元始天尊の前世物語の作成が道教の布教と関連するであろうことを推論した。
|