仏および仏弟子の前世物語は、中国において仏教が広まる上で重要な役割を果たした。長く繰り返される輪廻転生と因果応報という、中国にはもともと存在しなかった観念を物語によってわかりやすく説いた本生譚は、小説や絵画などの形式をも借りながら、人々の間に浸透していき、それは、道教にも影響を及ぼした。 六朝道教思想との関連が濃厚な漢訳仏典『六度集経』について丁寧に読み解きつつ、本生譚が持っていた意義を考える研究会を昨年度から始めたが、本年度もそれを継続し、中国仏教のみならず、インド仏教や仏教美術史の専門家たちからの貴重な指摘をいただきながら、多角的な視点から『六度集経』の検討を行ってきた。「六度」のうち布施に関する話を載せた『六度集経』の巻1から巻3までの部分の日本語訳はすでに完成し、研究成果報告書の中に収録した。 六朝時代の霊宝経においては天尊・元始天尊という神格が登場し、道教の最高神となっていく。その過程で、仏教の本生譚の影響を受けて、天尊・元始天尊についても、前世の物語が作られるようになる。この問題に関連して、本年度5月には、中国・西安で開催された美術史関係の国際シンポジウムにおいて口頭発表を行った。 漢訳仏典譬喩経類の研究は、思想・文学・美術・語学の諸方面の知識が求められる学際的な性格を持っている。『六度集経』研究会の継続、海外の研究者との意見交換などを通じて、今後もこの研究を続けていく必要性を感じている。
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