本年度は曾子における礼思想の解明を中心にして研究を行った。本申請研究が昨年度までに明らかにしたように、『曾子』十篇(『大戴礼記』の曾子立事篇以下の十篇)の内、立事、立孝、本孝、制言篇と事父母篇首章は曾子その人の思想を知る資料たり得ると考えられるが、この部分には『礼記』曲礼篇や『儀礼』といった礼の細目を説いた文献との重複が少なからず見えており、このことは微細な礼はさほど重視しなかったとする旧来の曾子像と矛盾する。本年度の研究においては、まず、この重複部分の礼の規定としての性格を明らかにするために、田中利明「儀礼の「記」の問題」(『日本中国学会報』19、1967年)の提示する『儀礼』の「経」、「記」および「直接的な記」、「間接的な記」の区分によりつつ、「間接的な記」をさらに「附則」と「心得」に再区分することにより、この重複部分の礼の規定が「心得」に当たることを示した。これが心得としての礼を規定するものであるが故に、曾子が「君子」もしくは「孝子」の心得を説く部分との重複を可能にしているのであるが、このような重複を可能とする部分は曲礼篇等の礼の規定においてはむしろ例外的な部分であり、この重複はかえって曾子が礼の遵守とは異なるレベルにおいて君子について思考していることを示している。このことを明らかすることにより先の矛盾が表面的な矛盾に過ぎないことを示し、曾子思想における礼の位置付けをより明確化した。なお、計画に記した『曾子』十篇の訳注については全篇にわたって訳注作業を終えている。そこでは例えば、事父母篇について、今本では「道則兄事之〓…未成於弟也」の二簡と「道則養之…内外養之也」の一簡との間に錯簡が想定される等の新知見を得た。また、諸書に残された曾子書の収集についても作業を終了している。
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