本年度の研究は、近世における造像関連文書(製作仕様書)の発生と展開について主に明らかにした。延宝5年(1677)福井・大安寺蔵「大安院様御後影仕様目録」では七条仏師康乗が福井藩主松平光通像制作に際し形状や細部仕様の確認のために草しており、画像の介在が認められた。更に元禄5年(1692)では『用文章綱目』に「仏師新仏・古仏再興目録」が認められ、既に一定の書式を備えていたことが判明した。この書式を基本として以後流通し、讃岐・善通寺薬師如来像(元禄10年・北川運長)などの造像仕様書が発給される。 以上の点から造像仕様書は制作仏師の在所と納入寺院が遠距離で双方の意思疎通を計る目的を有し、さらに仕様書作成にあたって図様が必要であることがわかった。また仕様書発給と図様の保持が造像獲得の重要な要素であることが確認できた。東大寺脇侍像、中門二天像の場合は、現地での制作したため仕様書や図様が不要であったこともこの点から明らかに出来た。仕様書発給と図様の保持は幕末にあっても引き継がれ、京都仏師山本茂祐は北川運長作成の図様の一部を引き継ぐ一方で、福井・全昌寺五百羅漢像にあたって仕様書を発給している。 仕様書の作成によって、造像を巡る競望にあっても有効な手段となり得たことが既に判明しており、叡山文庫架蔵の造像仕様書についての見通しも可能となった。 今後も一連の作業を継続し、それらをふまえて造像の基本的プロセスや製作費用などの情報量をもとにした近世仏教彫刻史研究の基盤を確保するとともに近世仏師の仏教図像解釈の実態を明らかにしていきたい。
|