日本の近世絵画において、これまでほとんど研究がなされなかった大坂の戯画を採り上げ、江戸時代絵画史の重要な一領域を研究した。耳鳥齋(1751年以前-1803年頃、俗名松屋平三郎)は、江戸時代中期、商人の町として賑わう大坂で戯画作者として名をはせた画家である。京町堀で商いをする傍ら、絵画や浄瑠璃を嗜み、とりわけ戯画の世界で異才を放った。京都や江戸に比べ、大坂はアカデミズムとは一線を画す土地柄であるが、商人の町ならではの自由闊達な気風は、狩野派などの職業画家とは一味違う多彩な画家を輩出した。そして、耳鳥齋もまた、大坂的趣味を戯画で表現した、いわば「笑いの奇才」である。芝居絵から風俗画、あるいは版本に至るまで、作品は略筆ながらも当意即妙というべき適確さと「おかしみ」とを合わせもち、「世界ハ是レ即チーツノ大戯場」と堅苦しい世間を批判した。この研究では、美術館・個人所蔵家を徹底して調査し、真贋の問題を解明しながら資料整理を進め、耳鳥齋と大坂の戯画について新知見を得ることに成功した。また、東アジアにおける戯画の状況を把握するため、中国へも調査に出かけ、版本など多くの比較資料を収集することができた。今回は、代表作「別世界巻」や「仮名手本忠臣蔵」などの肉筆画に、『絵本水や空』といった版本を加え、その画業の全貌を調査研究した。また、中村芳中や月岡雪鼎らによる人物戯画、さらには漫画の元租ともいえる鳥羽絵をも交えて大坂の戯画の系譜を浮き彫りにした。以上、きわめて独創的な研究成果が上がったと考えられる。
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