本研究では、日本の近世期、寛延〜寛政年間(1748〜1800)年間に、上方と江戸で刊行された、初期読本と呼ばれる小説類について、近世説話と仏教・儒教・神道の思想的な側面から、その成立の背景と基盤を明らかにしようとするものである。 本年度は、寛延期から文化7年(1810)まで、読本の発生から全盛期までの、説話集・談義本・通俗軍書・教訓書・歴史書・地誌図会・随筆類を含めた上方・江戸の読本とその周辺書をリストアップし、データベースを作成した。京都府総合資料館では上方の図会もの、仏教説話、読本を、また東北大学付属図書館では狩野文庫蔵の読本や仏教説話を閲覧し、書誌を取った。本年度も引き続きこの作業を進めていく予定である。 また、本年度はとくに読本が全盛期を迎える前夜とされる文化初年頃の江戸読本に注目し、周辺書との文芸的な性格の差異について検証した。「趣向と世界-演劇・草双紙から読本への影響」(『江戸文学』34号、10月)は、曲亭馬琴の読本『新累解脱物語』に焦点を当て、本作品の成立の背景となった仏教説話や演劇・草双紙における累伝説類と、本作品での物語構成や主題の差異について考察したものである。そこから、読本、とくに江戸読本においては仏教説話にいう因果応報譚が神仏の霊験譚的な要素を排除しながら取り入れられ、それが読本の全体の枠組みを構成していることを指摘した。また、読本の代表的作品『南総里見八犬伝』のテキスト作成(平成19年度6月刊行予定)を行い、本年度末の段階で再校の校正作業を行った。「『旬伝実実記』と『南総里見八犬伝』」(『近世部会誌』第1号、1月)は、読本の代表的作者である曲亭馬琴の読本に、因果応報の構図が類話を用いるという手法によって描かれていることを指摘したものである。これらの研究によって、初期読本のみならず、後期読本までを視野に入れながら、読本の文芸的な意味を明らかにしようとした。
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