平成18年度より、初期読本作品に影響を及ぼしたと思われる近世前期・中期の歴史書・雑史・儒学書・仏書・神道関係書・教訓書・説話文芸類の先行作品について、各図書館・文庫所蔵本の書誌・内容調査を行い、データベースを作成した。調査は、天理大学附属天理図書館、東北大学附属図書館、長崎県立図書館、国立国会図書館、内閣文庫で行った。データベースには、今年度までにおよそ1000点の作品のデータを入力した。データベースの作成は、今後も継続的に行っていく。 昨年度は、初期読本の作品世界を形成したと考えられる近世前期・中期に成立刊行の説話類の内容的性格と話型の変化、成立の背景と後世作品への影響を考えた。本年度は、同じく近世前期・中期に成立刊行した歴史・雑史類に焦点を当て、その内容的特徴、および成立の背景と後世への影響について考察した。歴史書類を研究の対象とした理由は、それら近世前期・中期刊行の雑史の記述の際に必要とされた思想や歴史的枠組みが、読本の作品世界の骨格となる所謂"読本的枠組み"の構想の基本となっていると考えたからである。 まず延宝三年に刊行され、後世の歴史的読み物や読本に影響を及ぼした『鎌倉北条九代記』(十二巻、浅井了意著)を取り上げ、その各巻各話が『吾妻鏡』『日本王代一覧』『太平記』『承久記』を典拠とし、さらに歴史的人物の評価が『太平記評判秘伝理尽鈔』に基づいて記されていることを指摘した。また、『鎌倉北条九代記』が『吾妻鏡』『日本王代一覧』等の歴史書を平易な言葉で書き直し、啓蒙的な意図を込めて歴史の大衆化を図ったこと、『太平記評判秘伝理尽鈔』における『太平記』の読みが、『鎌倉北条九代記』をとおして近世期に広く浸透したことを指摘した。 『鎌倉北条九代記』は前後して成立した歴史書『本朝将軍記』『北条五代記』『鎌倉管領九代記』等の雑史との関連もあり、長編歴史小説の嚆矢とされる近世軍書である。初期読本のうち、例えば『東国太平記』『武将感状記』などの雑史的要素を備える読本類へ響を及ぼしていることが考えられる。そうした近世前期から中期の間に行われた歴史書・雑史類から読本への展開については、今後さらに考察を進めたい。
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