これまでの伏見院御集(広沢切)における本文研究は主として巻子本が中心で、『私家集大成』にしろ『新編国歌大観』にしろ、翻刻されているものはすべてまとまった形で伝えられている巻子本本文のみであった。断簡として伝えられているものの集成は、太平洋戦争の最中である昭和18年刊、国民精神文化研究所編『伏見天皇御製集』までさかのぼらなければならない。 ところが最近の古筆研究はめざましく、小松茂美氏の『古筆学大成』に収録されているものだけでもかなりの数にのぼるが、今回の収集によって広沢切は総計一六六葉、六〇〇首を超える断簡が知られることとなった。それらをすべて翻刻し、検索に便ならしめるためパソコンに取り入れ、デジタル化を行っているが、その結果わかったことは、従来すべてが伏見院の自筆とされ、まったく疑われてこなかった広沢切が、実は子息の後伏見院の詠や、同時代の西園寺実兼の詠もその中に混じっていることが判明したことである。筆跡も三者ともに非常によく似ていて、専門家でも判断がつかないほどである。それらの問題についてはすでに前年度の「自筆資料と筆跡の認定-広沢切を中心に-」(雑誌「言語文化」第4号)において述べたが、今年度はより広汎に『古筆と和歌』において古筆資料と和歌文学研究の関係について論じた。 伏見院の作品だけの問題ではない。当時の和歌の中心であるいわゆる京極派和歌研究のためにも、出来るだけ多くの、正確な、資料提供は必要である。これまで知られていた巻子本本文をベースに、その後見いだされた巻子本や断簡類のすべてを投入し、問題点をも注記して、伏見院御集の現段階における全集出版を、出来れば平成20年度中に、遅くても21年度中には出版することを目指している。出版社は笠間書院に決定している。
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