日本古代神話・伝説と琉球神話・伝説を比較研究するための作業として、本年度は琉球における声の神話・伝説と地方資料にみえる神話・伝説、そして国家の地理書にみえる神話・伝説の比較を通して、それぞれの段階における表現・思想の特徴を明らかにし、声の段階から文字化された地方資料の段階へ、さらに国家地理書の段階へという移行による表現・思想の変容について解明した。ここでは、こうした研究を行う上で最も適した材料である沖縄宮古島の神話・伝説を対象とした。 声の段階として、御嶽などの聖地にまつわる多くの神話・伝説が伝承されているが、その表現は身体表現を交えた躍動的なもので、多様な叙述の仕方をとっている。地方資料の段階である『御嶽由来記』はこれらの神話・伝説を素材として作成したが、そこには文字表現に備わる思想があらわれる。それは儒教道徳や神仙譚的色彩などである。また、声の神話・伝説ではあいまいな表現が具体的、詳細となる。さらに、その世界観は宮古島を中心とする部分を残しつつ、琉球王府との位置関係が打ち出されてゆく。琉球国家の地理書『琉球国由来記』はこれを資料の一つとして編纂されたが、そこでは琉球王府を中心とする世界観によって貫かれ、琉球国家の歴史・地理のもとに統一されることとなっている。
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