本年度は創世神話を対象として、日本古代神話・伝説と琉球神話・伝説を比較研究することとした。 宇宙の起源、人間の起源、文化の起源を説く創世神話は現代の琉球社会においてはユタ・カンカカリヤーと呼ばれるシャーマン的な人々によって生み出され、そうした人々を中心に口頭で伝承されている。このような創世神話は宮古諸島の18世紀の地方資料『宮古島記事仕次』のなかに神託として神から授けられたものとして記録されているが、これは当時のカンカカリヤーによってトランス状態のなかで生み出されたものと考えられる。この創世神話は「天からの土砂による島造り」というモチーフによる宮古島の起源、「原夫婦天降」「土中より始祖」というモチーフによる島人の起源を説くものであるが、琉球王国の地理書や歴史書には全く取り入れられていない。創世神話はそれが生み出された地域を世界の中心として説くため、王朝独自の創世神話をもつ琉球王府においては採録すべきものではなかったからである。 日本古代においては、こうした地方の創世神話は在地豪族出身の官人たちによる『出雲国風土記』には国土の起源を説く「国引き神話」として記載されている。この神話は韻律ある詞章の面影を留めるもので祭祀のなかで朗誦されていたと考えられるが、それはシャーマン的な人々によって神から授けられたと幻想され生み出されたものであったろう。これに対して、中央官人によって編纂されたと思われる『常陸国風土記』のようなものでは「天地分離巨人」のモチーフによる創世神話の痕跡がみえるのみである。風土記撰進の詔は歴史書『日本書紀』成立後であり、その編纂においてはこのような正史の神話・伝説の内容がさまざまに関わっていると考えられる。
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